「マデリーン先輩を許してください!ブラッドヘルム王女として、このとおりお願いします!」
リザレリスはひたすら懇願し続けた。一国の王女が、自分を傷つけた他国の女を必死に助けようとする姿は、皆にどう映っただろう。少なくとも、当事者の心を打たないはずがなかった。
「うっ、うぅ、うぅ......」
マデリーンが顔を押さえて嗚咽を洩らした。
「リザさま......」
エミルは王女の慈悲深さに感動していた。正直、マデリーンのことは殺してやりたいとさえ思っていた。裁かれる程度でも足りないと。しかし今、目の前の光景を目の当たりにして、そんな思いも吹き飛んでしまった。
「ブラッドヘルムさま......」
クララは口を押さえて、泣いてしまうのを堪えていた。こんな優しい人に自分は酷いことをしてしまったのかと思うと、胸が苦しくなって仕方なかった。
「リザレリス。お前は......」
レイナードは、リザレリスに対して尊敬と感謝の思いでいっぱいだった。そして、ひとつの覚悟を決めた。
「ブラッドヘルムさんの主張はわかりました」おもむろに理事長が口をひらいた。「しかし、いくらブラッドヘルム王女の頼みであっても、学校秩序の...
「マデリーン先輩を許してください!ブラッドヘルム王女として、このとおりお願いします!」リザレリスはひたすら懇願し続けた。一国の王女が、自分を傷つけた他国の女を必死に助けようとする姿は、皆にどう映っただろう。少なくとも、当事者の心を打たないはずがなかった。「うっ、うぅ、うぅ......」マデリーンが顔を押さえて嗚咽を洩らした。「リザさま......」エミルは王女の慈悲深さに感動していた。正直、マデリーンのことは殺してやりたいとさえ思っていた。裁かれる程度でも足りないと。しかし今、目の前の光景を目の当たりにして、そんな思いも吹き飛んでしまった。「ブラッドヘルムさま......」クララは口を押さえて、泣いてしまうのを堪えていた。こんな優しい人に自分は酷いことをしてしまったのかと思うと、胸が苦しくなって仕方なかった。「リザレリス。お前は......」レイナードは、リザレリスに対して尊敬と感謝の思いでいっぱいだった。そして、ひとつの覚悟を決めた。「ブラッドヘルムさんの主張はわかりました」おもむろに理事長が口をひらいた。「しかし、いくらブラッドヘルム王女の頼みであっても、学校秩序の...
リザレリスには、転生してからずっと気になっていたことがあった。それは残された家族や友人のこともあるが、それだけではなかった。今さら考えても仕方がないことであり、考えないようにもしていた。憂鬱な気分になるからだ。しかし今回、愛憎に燃えるマデリーンを見て、思い起こさざるをえなかった。ある人のことを。それは誰か。前世で自分を刺し殺した女のことだ。自分を殺した彼女に対して、恨みたい気持ちがなかったといえば嘘になる。だが、それ以上に申し訳ない気持ちもあった。前世の行いが、決して褒められたものではないことは自覚していた。特に今世でエミルと出会い、彼の純真さに触れてからは、ますます省みる思いは強くなった。だからこそ、より明るくしてフザケていた。元々そういう性格ではあったが、努めてそうした。せっかく転生したのに、前世の思いに縛られたくなかったから。それでも、マデリーンを見ると、やはり見て見ぬ振りはできなかった。彼女のことも、自分の思いも。そう......。転生してからもずっと気になっていたこと。それは、自分を刺殺した女の人生がどうなってしまったかということ!間違いなく彼女の人生は狂ってしまっただろう。彼女は加害者であり自分は被害者だ。でも、自分の行いがそれを引き起こしたのなら、彼女は被害者だ。死んでしまった自分より、よっぼど悲惨な目に遭っているかもしれない。だから
【22】 「......ん?」リザレリスが目覚めた。ゾルダーン特製の〔血のエーテル〕を処方されて五分も経たない頃だった。「リザさま!」リザレリスの目に真っ先に映ったのは美少年の顔だった。エミルは目を潤ませ、白い顔は桃色に染まっていた。「え、エミル。俺...わたしは......」「本当に良かったです!」エミルに手を握られながら、リザレリスはボーッとまわりを見まわした。エミル以外にはレイナードとクララがいる。それと白衣を着た中年女性もいる。彼女は看護師か......と思ったところで、急にリザレリスは起き上がった。「マデリーン先輩は!?」リザレリスの起き抜けの叫びに、その場にいる誰もが意表を衝かれた顔をする。よりにもよってなぜ彼女の名を?「リザレリス」レイナードがリザレリスへ近づいてくるなり、膝をついて頭を下げた。それは一国の王子らしからぬ深い謝罪だった。
【21】リザレリスは一命を取り留めた。クララの治癒魔法による処置が大きかったようだ。医務室のベッドに眠るリザレリスを見ながら、中年女性の看護師は感心した。「たいしたものですね」「い、いえ、私は......」クララは複雑な表情を浮かべた。その隣で、エミルは疑念の表情を隠すことができなかった。「本当に病院じゃなくてよろしいのですか?」看護師はこくっと頷き、一点の曇りもない眼差しをエミルへ向けた。「あの方に任せるのが、最善ですから」そうして間もなく『あの方』が、レイナードに連れられて医務室へやってきた。「連れてきたぜ」「やあどうも」ボサボサ頭の白衣の男は、猫背のまま気味の悪い笑顔を浮かべた。「ゾルダーン博士。さっそくお願いします」看護師に促され、ゾルダーンはリザレリスが眠るベッ
それからというもの......。マデリーンの毎日は色づき始めた。草木は踊り、花々は歌いかけてきた。朝陽はそれまでよりも眩しく、夕陽はそれまでになく切なくなった。夜空に新しい星座を描いた。あの人との幸せな未来という星座を。「私、あの人のことが好き......」ハッキリと自覚してからも、しばらくは片想いを続けた。デアルトス国立学院に入学し、学友となってからも片想いを続けた。そんな時だった。「良い相手が見つかりましたよ」母からお見合いの話が下りてきた。見合い話はこれまでにも何度かあったことだが、今回は様相が異なった。相手は、ある公爵の子息で、しかもマデリーンのことをひどく気に入っているという。「まさか公爵家の御子息様に気に入られるなんて......公爵といえば最高位の貴族ですよ!?」母は興奮していた。引きつった笑いを浮かべるのみの娘に向かい、母は冷徹な表情を浮かべる。「いいですか、マデリーン。今回は絶対に失敗は許されません」母の目は、獲物を狩るヘビの眼だった。 翌日。マデリーンは告白した。他に誰もいなくなった教室で。
初恋から五年が過ぎた頃になると、マデリーンは女の美貌を纏い始めた。社交界に顔を出せば、ちょっとした注目を浴びるようにもなっていた。まだ社交界デビューには早い年齢だったが、母の命令だった。母の考えは、ある意味で正しかった。気がつけば若い貴族の男子たちは、彼女の大人びた美貌に目を奪われていた。彼女に言い寄ってくる者も少なくなかった。中にはそれなりの大物貴族の子息もいたマデリーンはすべての者に丁寧に接し、丁重に躱していた。誰とどうしようが、結局のところ決めるのは母だ。母が良い政略結婚だと思うかどうかがすべてだ。そう思うと、燃えるものも燃えなかった。そもそもマデリーンにとって、貴族の男どもはすべからず魅力的に思えなかった。初恋の彼を、超えられる者などいない。「つまらない......」夜の部屋でひとり、窓腰掛けに座り、外を眺めてぼんやりすることが多くなった。そんなある日だった。ある社交界で、マデリーンは王子と出会うことになる。「あれがラザーフォード王子......」さすがに王子は、輝きが違っていた。特に第一王子のフェリックスは、何もかもが他を圧倒的に凌駕していた。遠目に王子たちを眺めながら、彼女は近づいていこうとはしなかった。いくらなんでも、新興貴族の娘の自分が関わっていい存在じゃない。そう思ってマデリーンは、彼らと自分を切り離していた。とはいえそれ以外の貴族の男たちと会話したところで、虚しくなるだけだった。